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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)77号 判決 1989年7月26日

パナマ共和国パナマ市セントラル・アベニュー一六エイ

(日本における営業所)

大阪市中央区北九宝寺町四丁目四番二号

原告

バヤリース・オレンヂ・ジャパン・エス・エイ

日本における代表者

田中信男

右訴訟代理人弁護士

福田親男

近藤恵嗣

大阪市東区大手前之町一大阪合同庁舎第三号館

被告

麹町税務署長事務承継者

東税務署長

北村佳和

右訴訟代理人弁護士

伴義聖

右指定代理人

和栗正栄

茂木昇

池田隆昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  麹町税務署長が昭和五九年三月九日付けでした原告の昭和五六年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税の更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、所得金額三億六九六三万九五〇八円、納付すべき税額一億三一一一万〇六〇〇円、過少申告加算税一一三万三三〇〇円を超える部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  麹町税務署長は、原告が昭和五六年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について青色の申告書でした確定申告に対し、昭和五九年三月九日付けで別表一の再々更正処分の項記載のとおり、更正及び過少申告加算税賦課決定をした。

2  原告が右1の処分に対し、昭和五九年五月八日付けで同表の審査請求の項記載のとおり審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、昭和六一年一月一七日付けで同表の裁決の項記載のとおり右1の更正及び過少申告加算税賦課決定の一部を取り消した(以下、審査裁決により一部取り消された後の右更正及び過少申告加算税賦課決定を、それぞれ「本件更正及び「本件決定」という。)。

3  その後、原告の納税地の変更により、処分庁の権限は被告に承継された。

4  しかし、本件更正のうち所得金額三億六九六三万九五〇八円、納付すべき税額一億三一一一万〇六〇〇円を超える部分は原告の本件事業年度分の所得金額を過大に認定した違法があり、本件更正を前提とした本件決定も違法である。

よって、原告は、本件更正及び本件決定の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3は認め、同4は争う。

三  被告の主張

1  本件更正の適法性

(一) 原告の本件事業年度分の申告所得金額並びに調査により判明した加算項目及び減算項目は別表二記載のとおりである。

(二) したがって、原告の本件事業年度分の所得金額は同表の18の項記載のとおり六億二七九七万五九七四円となり、所得金額をこれと同額とした本件更正は適法である。

2  寄付金損金不算入額

右1の(一)の加算項目のうち、寄付金損金不算入額の内容は次のとおりである。

(一) 原告は、昭和五六年一一月二六日、クリフォード・ウヰルキンソンタンサン鉱泉株式会社(以下「ウヰルキンソン社」という。)に対して二億六六〇〇万円の支払(以下「本件支払」という。)をした。

(二) 原告は、本件支払は原告とウヰルキンソン社とのバヤリース製品の製造委託契約が原告の都合により中途で合意解除されて製造委託期間が短縮されたことによりウヰルキンソン社が被った損失の補償であるとし、本件事業年度において雑損失として損金の額に算入して申告した。

(三) しかし、原告とウヰルキンソン社との製造委託関係の終了に伴うウヰルキンソン社の損害の補填は、後述の昭和五五年一一月一三日の解除の覚書に基づく原告のウヰルキンソン社に対する八億円の支払により既に終わっており、原告にはウヰルキンソン社に対して更に損失補償として本件支払をすべき義務はなかったのであり、本件支払は、昭和二五年以来両者が継続して製造委託関係にあったことと、両者の役員の多くが共通するという関係を考慮して、右の製造委託関係の解除による工場の閉鎖や規模縮小に伴うウヰルキンソン社の従業員の退職金の支払資金の不足に当てるために原告がウヰルキンソン社に対してした贈与であるものと認められ、法人税法上寄付金に該当する。

(四) 本件支払が寄付金であるとして法人税法三七条二項により損金不算入額を計算すると別表二の13の項記載のとおり二億五八三三万六四六六円となる。

3  本件決定の適法性

本件更正に係る所得金額に対する法人税額は別表一の裁決の項記載のとおり二億三九六一万一七〇〇円であるところ、右税額のうち一億〇八四四万四〇〇〇円については既に同表の再更正処分の項記載の昭和五八年一二月二六日付けの過少申告加算税賦課決定の対象としているので、これを控除した一億三一一六万七〇〇〇円(国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの。以下同じ。)一一八条三項により一〇〇〇円未満切捨て。)に一〇〇分の5を乗じて算出した過少申告加算税は六五五万八三〇〇円(国税通則法二九条四項により一〇〇円未満切捨て。)となるから、これを下回る六五五万八〇〇〇円を賦課した本件決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(本件更正の適法性)の(一)のうち、寄付金損金不算入額(別表二の13)を加算すべきことは争い、その余は認める。同(二)は争う。

2  同2(寄付金損金不算入額)のうち、(一)及び(二)の事実並びに(四)の計算は認め、(三)は争う。

3  同3(本件決定の適法性)のうち、本件更正に係る所得金額に対する法人税額が別表一の裁決の項記載のとおり二億三九六一万一七〇〇円であること、右税額のうち一億〇八四四万四〇〇〇円については既に同表の再更正処分の項記載の昭和五八年一二月二六日付け過少申告加算税賦課決定の対象とされていることは認め、その余は争う。

五  原告の反論

1  原告とウヰルキンソン社との関係

(一) 原告はパナマ共和国に設立された会社であるところ、日本支店は昭和二五年一月に開設され、以後昭和六〇年までH・C・W・プライス(以下「プライス」という。)を日本における代表者としてバヤリース・ブランドのオレンジ・ジュース飲料等(以下「バヤリース製品」という。)の製造・販売を行ってきた。

(二) ウヰルキンソン社は日本で設立された会社であるが、戦前から原告と同じくプライスが代表取締役を務め、ウヰルキンソン・タンサンのブランドで主に炭酸鉱泉水を製造販売してきた。

(三) 原告は、自らは製造工場を持たず、所有のバヤリース製品の瓶詰用機械や装備をウヰルキンソン社の東京(品川)工場及び宝塚工場に設置し、ウヰルキンソン社にバヤリース製品の製造と販売とを委託していたものであり、両者は密接な業務提携関係にあった。

(四) 原告とウヰルキンソン社との業務提携は原告の日本での営業活動開始以来のことで、両者は東京、大阪において事務所を共用し、人的にもウヰルキンソン社の従業員が原告の事務を分担していた。

2  原告の朝日麦酒への商標権等の譲渡

(一) 原告は、右に述べたようにバヤリース製品の製造と販売とをウヰルキンソン社に委託し、ウヰルキンソン社は販売を更に朝日麦酒株式会社(以下「朝日麦酒」という。)に委託して行ってきたところ、昭和五五年一一月二六日、原告は、朝日麦酒との間でバヤリース製品の商標権等の譲渡契約(以下「商標権等譲渡契約」という。)を締結し、バヤリース製品の全商標をバヤリース製品用のびんや金型等とともに総額二五億三三九二万九四六〇円で朝日麦酒に譲渡した。

(二) 原告とウヰルキンソン社は、商標権等譲渡契約に先立つ昭和五五年一一月一三日、両社間の従来の製造販売委託契約を解除する旨の「契約の解除に関する覚書」(以下「解除の覚書」という。)を取り交し、解除の覚書の三項のdにおいて、原告は、右の契約解除に起因する営業権の喪失その他の損害に対する補償としてウヰルキンソン社に対して八億円を支払い、ウヰルキンソン社は原告に対してその余の請求を行わないこととするとともに、解除の覚書の三項のcにおいて、解除の覚書締結後も原告が朝日麦酒との取決めによりバヤリース製品の製造を受託する期間中、ウヰルキンソン社は製造に必要な数量以上のバヤリース容器をその敷地内に存置することを認めることを合意した。

(三) 商標権等譲渡契約の契約書(以下「商標権等譲渡契約書」という。)七条では、契約締結後も昭和五八年三月三一日までは朝日麦酒が原告にバヤリース製品の製造を委託することになっていたところ、右(二)の解除の覚書の三項のcの合意はこれと対応するもので、商標権等譲渡契約締結後も、原告が朝日麦酒から製造委託を受ける昭和五八年三月三一日までの間、原告がウヰルキンソン社に製造を委託して両者間の従来の製造委託関係と同様の関係を維持することを前提としたものであり、現に商標権等譲渡契約締結後も原告はウヰルキンソン社に対して製造を委託していた。これは、長年継続した原告とウヰルキンソン社との間の製造委託契約の解消によりウヰルキンソン社の被る人的・経済的損害を軽減するためと、朝日麦酒のバヤリース製品の製造法の習得期間等を考慮したことによるものである。

3  製造委託期間の短縮と本件支払

(一) 昭和五六年秋ころ、朝日麦酒はバヤリース製品の自社製造計画の前倒しを決定し、原告との間の製造委託関係を終了させて同年四月一日に遡って同日以降ウヰルキンソン社に直接製造委託することとする一方、ウヰルキンソン社に対する右製造委託期間も東京工場については同年一二月三一日まで、宝塚工場については昭和五七年一二月三一日までとすることを要請してきた。これは、ウヰルキンソン社にとっては、右2のとおり、解除の覚書の前提として、原告との間で昭和五八年三月三一日までと合意されていた製造委託期間が実質的に短縮されて、バヤリース製品製造の専門工場であった東京工場を昭和五六年一二月三一日をもって閉鎖することを意味し、宝塚工場についても重大な影響を与えるものであったため、原告が朝日麦酒の右要請を受け入れる場合には、原告の都合によるウヰルキンソン社との製造委託契約の解除としてウヰルキンソン社に対し製造委託期間の短縮による損失を補償する必要があった。

(二) そこで、朝日麦酒、原告及びウヰルキンソン社の三者で交渉が行われた結果、昭和五六年一一月二六日付けで覚書(以下「三者の覚書」という。)が取り交され、ウヰルキンソン社は同年四月一日に遡って朝日麦酒から直接製造委託を受け、原告は朝日麦酒から営業補償金として本件支払と同額の二億六六〇〇万円の支払を受けることが合意され、また、朝日麦酒とウヰルキンソン社との間で三者の覚書に沿って同覚書と同日付けで製造委託に関する基本契約(以下「基本契約」という。)が締結され、発注については東京工場につき同年一二月製造分まで、宝塚工場につき昭和五七年一二月製造分までとすることが合意された。そして、以上の合意と同日、ウヰルキンソン社は原告から製造委託期間短縮による補償として本件支払を受け、原告は、昭和五六年一二月八日の取締役会において本件支払を承認した。

4  まとめ

以上のとおり、本件支払は、原告のウヰルキンソン社に対する製造委託期間の短縮に伴う補償であり、これを寄付金と認定した本件更正は誤りである。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論1(原告とウヰルキンソン社との関係)の(一)ないし(三)は認め、(四)は知らない。

2  同2(原告の朝日麦酒への商標権等の譲渡)の(一)、(二)は認める。(三)のうち、商標権等譲渡契約書七条では契約締結後も昭和五八年三月三一日までは朝日麦酒が原告にバヤリース製品の製造を委託することになっていたこと、同契約締結後も原告がウヰルキンソン社に対してバヤリース製品の製造を委託していたことは認め、その余は争う。

3  同3(製造委託期間の短縮と本件支払)の(一)は争う。(二)のうち、本件支払が製造委託期間短縮による補償であることは否認し、原告の取締役会の承認については不知、その余は認める。

4  同4(まとめ)は争う。

七  被告の反論

1  朝日麦酒が原告に二億六六〇〇万円の営業補償金を支払ったのは、商標権等譲渡契約書七条では昭和五八年三月三一日までは朝日麦酒が原告にバヤリース製品の製造を委託することになっていたところ、朝日麦酒が委託料などの関係からこれを変更して原告に対するバヤリース製品の製造委託をウヰルキンソン社製造分については昭和五六年四月一日に遡って、他の三社製造分については昭和五六年一一月一日以降いずれも打ち切り、ウヰルキンソン社等に直接委託することにしたことに伴う委託料の補償の趣旨である。

2  解除の覚書作成後も原告がウヰルキンソン社に対してバヤリース製品の製造委託を行う旨を定めた契約書は存在せず、解除の覚書の三項のcにおいて解除の覚書取り交し後も原告が朝日麦酒との取決めによりバヤリース製品の製造を受託する期間中ウヰルキンソン社は製造に必要な数量以上のバヤリース容器をその敷地内に存置することを認めるとされたのも、その文言上、原告がウヰルキンソン社に対して一定期間バヤリース製品の製造を委託することを保証する趣旨であるとは到底解されない。

3  ウヰルキンソン社に対する朝日麦酒の製造委託が東京工場については昭和五六年一二月分まで、宝塚工場については昭和五七年一二月分までとされたのは、両者の話合いによるものであって原告の関与しないことであり、右製造委託期間の短縮によって第三者たる原告がウヰルキンソン社に補償しなければならない筋合いのものではない。

4  ウヰルキンソン社が朝日麦酒から製造委託を受ける期間を右3のとおり合意したのは、ウヰルキンソン社の経営状態が商標権等譲渡契約締結前の昭和五五年三月期まで連年欠損金を出し、昭和五六年三月期以降も経常損失を重ねており、解除の覚書に基づく原告からの八億円の営業補償金や土地等の売却収入によってかろうじて欠損金が増加することを抑えている状況にあって、仮に原告または朝日麦酒からの委託により昭和五八年三月三一日までの期間製造を継続すると更に欠損金が増加するおそれがあったために、ウヰルキンソン社としてもかような事情を考慮して現実に即した期間としたものであって、それによる損失の補償という問題は生じる余地がない。

5  三者の合意に前後して、かねて原告からバヤリース製品の製造委託を受けていた極洋カナダドライ株式会社等も朝日麦酒から直接製造委託を受けることになったが、同社も朝日麦酒との右製造委託契約を商標権等譲渡契約書七条に基づく朝日麦酒の原告に対する製造委託期限である昭和五八年三月三一日以前の昭和五七年一〇月三一日で解除されたにもかかわらず、原告から何も補償は受けていないのであって、ウヰルキンソン社だけが補償を受けるべき理由はない。

八  被告の反論に対する認否

解除の覚書取り交し後の原告のウヰルキンソン社に対するバヤリース製品の製造委託に関して契約書が存在しないこと、原告が極洋カナダドライ株式会社に対し補償金を支払っていないことは認め、その余は争う。

原告とウヰルキンソン社との間に契約書が存在しないことは、解除の覚書によって解除された従来の製造委託契約についても同様である。

被告の反論4のウヰルキンソン社の欠損金は、製造の有無にかかわらず発生する多額の固定費によるもので、バヤリース製品の製造をしなければ一層赤字が増加する関係にあったものであり、原告がウヰルキンソン社に対する補償としての本件支払に至ったのは、ウヰルキンソン社は本件の製造委託期間の短縮によって工場閉鎖が著しく早まったことにより人員整理の必要を生じ、本来なら支払う必要のない割増退職金等の支払が見込まれたことによるものである。

被告の反論5は、昭和二〇年代から原告から製造委託を受けてきたウヰルキンソン社と、昭和五〇年代になって一部を受注するようになったにすぎない極洋カナダドライ株式会社とを並列して比較するものであって、取引の実態とかけ離れた形式論である。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  本件更正及び本件決定の存在等

請求原因1ないし3の事実については当事者間に争いがない。

二  本件更正の適法性

1  被告主張の別表二の原告の本件事業年度分の申告所得金額並びに加算項目のうち寄付金損金不算入額を除くその余の各項目及び減算項目については当事者間に争いがない。

2  本件事業年度において原告からウヰルキンソン社に対して本件支払があったことは当事者間に争いがない。

3  原告は、本件支払は寄付金(贈与)ではなく、原告とウヰルキンソン社とのバヤリース製品の製造委託契約が原告の都合で中途解約されて製造委託期間が短縮されたことによりウヰルキンソン社が被った損失の補償であると主張するので、以下、右主張について検討する。

(一)  原告の反論1(原告とウヰルキンソン社との関係)の(一)ないし(三)の事実、同2(原告の朝日麦酒への商標権等の譲渡)の(一)、(二)の事実、(三)のうち、商標権等譲渡契約書七条では同契約締結後も昭和五八年三月三一日までは朝日麦酒が原告にバヤリース製品の製造を委託することになっていたこと、同契約締結後も昭和五八年三月三一日までは朝日麦酒が原告にバヤリース製品の製造を委託することになっていたこと、同契約締結後も原告がウヰルキンソン社に対してバヤリース製品の製造を委託していたこと、同3(製造委託期間の短縮と本件支払)の(二)のうち、三者の覚書が取り交され、基本契約が締結されたこと、被告の反論2のうち解除の覚書取り交し後の原告のウヰルキンソン社に対するバヤリース製品の製造委託に関して契約書が存在しないことは、いずれも当事者間に争いがなく、証人津久浦一郎の証言及びこれにより原本の存在及び成立が認められる甲第五号証に弁論の全趣旨を総合すれば原告の反論1の(四)の事実が認められる。

(二)  原告、本件支払がウヰルキンソン社に対する損失の補償であるとの主張の根拠として、右(一)の事実に基づき、解除の覚書を取り交した後の原告のウヰルキンソン社に対するバヤリース製品の製造委託に関する契約書は存在しなかったが、解除の覚書は、商標権等譲渡契約後も原告が朝日麦酒から製造委託を受ける昭和五八年三月三一日までの間、原告がウヰルキンソン社に製造を再委託して従来の製造委託関係と同様の関係を維持することを前提としたものであったと主張している。

確かに、原告は自らは製造工場を持たずウヰルキンソン社に製造を委託してきたもので、解除の覚書を取り交した後もウヰルキンソン社に製造を委託していたことは右(一)に判示したとおりであり、また、成立に争いがない甲第六号証によれば、解除の覚書を取り交す三日前(昭和五五年一一月一〇日)のウヰルキンソン社の取締役会においては、原告が朝日麦酒との取決めに従いバヤリース製品の製造委託を受ける間は、従来どおりウヰルキンソン社においてその委託加工を行うものとする旨の合意を原告との間ですべきとされたことを含めた、商標権等譲渡契約に対するウヰルキンソン社としての対処方針につき決議がなされていることが認められる。

しかし、成立に争いがない甲第七号証によれば、解除の覚書には、三項のcに、原告とウヰルキンソン社との間の従前のバヤリース製品の製造販売委託契約を解除するに当たって、ウヰルキンソン社が原告に返還すべきバヤリース製品用容器のうち市場より回収できないものについての返還義務を原告が免除する条件の一として、原告が朝日麦酒との取決めによりバヤリース製品の製造を受託する期間中、ウヰルキンソン社は製造に必要な数量以上のバヤリース容器をその敷地内に存置することを認めるとする条項があるだけで、商標権等譲渡契約書七条のように期限を付してウヰルキンソン社に製造を委託する旨を明記した条項は存在しないことが認められるところ、このことと、右のウヰルキンソン社の取締役会における決議内容及び商標権等譲渡契約書七条の文言とを併せ考えると、解除の覚書は、解除後の原告のウヰルキンソン社に対する製造委託に関してはあえてこれを明記することを避けたものと推認することができ、解除の覚書三項のcをもって原告がウヰルキンソン社に対して解除の覚書取り交し後原告主張の日まで従来の製造委託関係と同様の関係をウヰルキンソン社の意に反して短縮しないといったウヰルキンソン社の利益を考慮しこれを保証した条項とみることはできない。

そして、解除の覚書における原告のウヰルキンソン社に対する従来の製造販売委託関係の解消に伴う補償が八億円であることは右(一)に判示したとおりであるところ、証人朝日良平の証言によれば、補償金が右のように巨額になったのは、これを委託関係の終了によるウヰルキンソン社の事業の縮小ないし閉鎖に伴う従業員の退職金に当てることを予定したためであることが認められ、右事実に右(一)に判示した原告とウヰルキンソン社との密接な関係、前述の解除の覚書三項のcの文言及び商標権等譲渡契約書七条、さらに解除の覚書取り交し後のウヰルキンソン社に対する製造の委託に関して契約書のないことを総合すると、解除の覚書取り交し後のウヰルキンソン社に対する製造の委託は、専ら朝日麦酒と原告の利益を考慮したものであって、ウヰルキンソン社の利益を保証する趣旨のものではなく、いわば解除の覚書に基づく事後処理として予定されていたにすぎないものと認めるのが相当である。

なお、原告は、原告とウヰルキンソン社との製造委託に関しては、解除の覚書によって解消される以前の従来の委託関係においても契約書は存しなかったと主張し、解除の覚書取り交し後の製造委託につき契約書の存在しないことは、これを異とするに足りないとしているもののようである。もとより、契約書の不存在が当然に契約の不存在に結びつくわけではないが、解除の覚書取り交し以前の関係については、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第五号証によれば、原告とウヰルキンソン社の親会社である香港法人ザ・クリフォード・ウイルキンソンタンサン・ミネラルウオーター・カンパニー・リミテッドとの間において詳細な協定書が作成されていることが認められるのであって、全く契約書がないとはいえないのみならず、長年継続していた契約関係に仮に契約書がなくとも、その終了後新たに契約関係を設定するときには契約書等を作成するのがむしろ通例であるといってよいから、解除の覚書取り交し後の製造委託関係につき契約書の存在しないことは、右製造委託関係がウヰルキンソン社のために新たに設定された契約上のものとは認定できない一事情となり得るといってよい。

(三)  弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一〇号証中には、右(二)冒頭の原告の主張に沿う供述記載が存在するほか、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第九号証によれば、本件支払後である昭和五六年一二月八日に開催された原告の取締役会においては、原告が三者の覚書に基づいて朝日麦酒から受領する営業補償金二億六六〇〇万円を、ウヰルキンソン社のバヤリース製品の生産削減に対する補償として同社に支払う権限をプライスに授与する旨の決議がされたことが認められる。

しかしながら、解除の覚書取り交し後の原告のウヰルキンソン社に対する製造委託がウヰルキンソン社の利益を保証する趣旨のものでないことは右(二)のとおりであって、仮に製造委託の予定期間が短縮したとしても、補償の問題は生じないはずであるのみならず、この点は暫く措くとしても、成立に争いのない甲第三、第四号証及び乙第二、第五号証津久浦一郎の証言を総合すれば、朝日麦酒が、原告及びウヰルキンソン社との間で三者の覚書を取り交して商標権等譲渡契約に基づく原告との間のバヤリース製品の製造委託関係を打ち切り、新たにウヰルキンソン社に製造を委託することとしたのは、現実にバヤリース製品の製造を行うウヰルキンソン社に対して直接製造委託を行うことにより、支払委託料コストの引下げを図る等の目的に出たものであって、そのため、契約で定められた製造受託期間が短縮される結果となる原告に対しては、短縮期間の営業補償金として朝日麦酒が二億六六〇〇万円を支払うこととされ、その旨が三者の覚書に明記されたが、直接の製造受託者となるウヰルキンソン社に対する関係については、三者の覚書において、朝日麦酒は、商標権等譲渡契約における原告に対する製造委託期間と同じく昭和五八年三月三一日までを限度としてウヰルキンソン社にバヤリース製品の製造を委託するとされている反面、ウヰルキンソン社に対する営業補償金の支払に関しては何らの定めもないこと、また、朝日麦酒のウヰルキンソン社に対する製造委託の基本事項に締結された右二者間の基本契約においては、同契約の有効期間を昭和五八年三月三一日までとした上で、朝日麦酒の発注を東京工場については昭和五六年一二月製造分まで、宝塚工場については昭和五七年一二月製造分までとしているが、これは、朝日麦酒のバヤリース製品の製造設備の状況、ウヰルキンソン社の営業規模の縮小傾向等を踏まえて、朝日麦酒とウヰルキンソン社とが協議した結果、現実に即した製造委託期間として定められたのものであることが認められ、右各事実関係に徴すれば、少なくとも原告が関与して作成された三者の覚書の段階においては、ウヰルキンソン社の立場は、原告を介しての製造受託関係にあったものが、朝日麦酒からの直接受託関係に変更されたのみであって、その受託期間については変更がないものというべきであり、原告がウヰルキンソン社に対して製造委託期間の短縮に伴う営業補償をすべき立場にはないものといわざるを得ない。

そうすると、前掲甲第一〇号証の供述記載及び前掲甲第九号証の取締役会決議の内容をもって、右(二)の認定を覆えすに足りない。

4  以上によれば、本件支払がウヰルキンソン社に対する補償であるとの原告の主張は採用することができず、原告がウヰルキンソン社に対して法律上本件支払をしなければならない義務はないというべきところ、弁論の全趣旨によれば本件支払に係る金員は将来返還が予定されたものではないことが認められ、右事実及び右3の(一)のとおり、原告とウヰルキンソン社とが従来から密接な関係にあった事実に、前掲甲第一〇号証、証人朝日良平の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件支払は、原告がウヰルキンソン社との従来からの密接な関係を考慮してウヰルキンソン社の従業員の退職金の原資とするためにウヰルキンソン社に対して贈与したものと認めることができる。

したがって、本件支払は法人税法上寄付金に該当するというべきところ、本件支払が寄付金であるとした場合の損金不算入額が別表二の13の項記載のとおり二億五八三三万六四六六円となることは当事者間に争いがない。

5  右1及び4によれば、原告の本件事業年度の所得金額は、別表二の18の項記載のとおり六億二七九七万五九七四円となるから、所得金額をこれと同額とした本件更正は適法である。

三  本件決定の適法性

本件更正に係る所得金額に対する法人税額が別表一の裁決の項記載のとおり二億三九六一万一七〇〇円であり、そのうち一億〇八四四万四〇〇〇円については既に別表一の昭和五八年一二月二六日付け過少申告加算税賦課決定の対象とされていることは当事者間に争いがないので、これを控除した一億三一一六万七〇〇〇円(国税通則法一一八条三項により一〇〇〇円未満切捨て。)に一〇〇分の五を乗じて過少申告加算税を算出すると、六五五万八三〇〇円(国税通則法一一九条四項により一〇〇円未満切捨て)となるから、これを下回る六五五万八〇〇〇円を賦課した本件決定は適法である。

四  結論

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 石原直樹 裁判官 佐藤道明)

別表一 課税処分等の経緯

昭和五六年一月一日から昭和五六年一二月三一日までの事業年分

<省略>

(△はマイナスを表わし、その金額は還付金額である。)

別表二 所得金額計算表

<省略>

<省略>

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